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取材・文:末吉陽子(やじろべえ) 撮影:藤本和成

スター・ウォーズとのコラボも実現させた絵師・石川真澄さん(40歳)
「緻密で美しい浮世絵の様式で、自分の内なるものを表現したい」

江戸時代に花開いた絵画「浮世絵」。歌舞伎などの演劇や花魁、風景から怪談まで、さまざまな娯楽や暮らしを伝える風俗画のひとつとして、大衆の間に広まりました。ゴッホをはじめとするヨーロッパの画家たちに大きな影響を与えたことは、よく知られていますが、独特な線の描写や艶やかな色彩、大胆な構図は時代を超えて人々を魅了しています。

幼少期に浮世絵に魅せられ、22歳から画家/絵師として活動しているのが、石川真澄(いしかわ・ますみ)さん。ロックバンドKISSやスター・ウォーズなど、現代的なモチーフの作品で、伝統文化に新風をもたらしています。そんな石川さんの浮世絵にかける想い、そしてはたらくヨロコビに迫りました。

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(C)2015 KISS Catalog, Ltd. Under License to Epic Rights.
(C)UKIYO-E PROJECT

天才浮世絵師の展示会ポスターに感化された高校時代

―― 現代の浮世絵師として、国内外から高く評価されている石川さんですが、もともと絵はお好きだったんですか?

そうですね。3歳くらいから、母と一緒によく絵を描いていたのですが、最初は母が描いたウルトラマンの絵を喜んで真似するような子どもでした。当時は、ピカソやゴッホ、ロートレック、ミュシャなどの西洋絵画が好きでしたね。

―― 浮世絵の魅力に気づいたのは、いつ頃だったのでしょう?

高校の頃、たまたま駅に貼ってあった、歌川国芳の展示会ポスターを目にしたときです。『相馬の古内裏(そうまのふるだいり)』という巨大な骸骨が描かれた作品なのですが、その絵を見たときに「あっ」と、これまでにないくらい驚いて。そこから図書館に行って浮世絵の歴史や絵師について調べて、はまっていきました

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―― 調べていく過程で、どのような気づきがありましたか?

たとえば、歌川国貞であれば江戸の風物や文化が得意で、それに対して歌川国芳は、妖怪や戦国武将の絵を描いており、葛飾北斎にいたっては、もはや浮世絵師というくくりをとっぱらって、さらに何か違うステージに立っているというか、森羅万象や宇宙を描こうとしているような壮大なスケールを感じるというか……。とにかく一言で言い表せないくらい、優れた人がたくさんいるんです。いまでも、先人たちから吸収させてもらったうえで、現代に生きる自分がどう描けるかということを常に考えていますね。

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―― では、浮世絵師として生きて行こうと覚悟を決めたのは、いつ頃のことですか?

学生時代は、普通の四年制大学の社会学部で、何者かになりたいわけでもなく、進路もふんわりしていました。転機は22歳のとき。たまたまテレビで六代目歌川豊国の特集を観て、歌川派が好きだったこともあり、弟子入りしたいと直談判しに大阪まで行って、何とか認めてもらえました。

―― 師匠からは、どのようなことを学ばれたのでしょうか?

「浮世絵はこういうもんだ」みたいな、イズムを教えてもらいましたね。たとえば、線で表現をする場合、人の肌を描く柔らかい線の描き方と、ゴツゴツした岩の描き方、それぞれの描き分けを意識すること。自分が何を描こうとしているのかという意識を、常に持つことが大事だと教わりました。

―― 確かに、浮世絵は線の表情が豊かというか、一筋の線から伝わる情報が多い気がします。

それを教えてもらえたのは大きな財産ですね。ただ、すでに師匠が97歳とご高齢だったこともあり、僕が入門してすぐに他界されました。具体的な実技を学ぶ機会はありませんでしたので、それから独学で習得していったかたちです。

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弟子入りするも師匠が急逝。独学で切り拓いた絵師の道

―― 弟子入りして、さあこれからという時に師匠がお亡くなりになられたのですね…。そこで諦めようとは思いませんでしたか?

まあ、実際何度か本当に筆を折ろうと思ったときもありました。というか、いまでも不安とは隣り合わせですが、気持ちが揺らぐたびに何かしらお仕事をいただいたり、個展のお誘いをいただいたりと、そうしたご縁があってなんとか活動できていると思います。特に、4年前に新宿のビームスの上にあるギャラリーで展示会を開催したときは反響が大きく、そこからいろいろな機会をいただける ようになりました。

―― いまや日本だけではなく、KISSなど海外のアーティストともコラボされていますが、石川さんならでは作風について教えてください。

浮世絵は、江戸時代を表現してきた芸術ですが、同じモチーフで表現しても面白くないので、温故知新というか現代的な感覚やアプローチを取り入れたいと考えています。それを、いかに浮世絵として表現するか。たとえば、スター・ウォーズとのコラボについても、 SF と浮世絵って対照的ですよね。でも、だからこそやりがいがあります。
浮世絵の“浮世”って“今風”という捉え方もできるので、突き詰めていくと「その時代に合っているかどうか」も大事なポイントかなと思います。自分が生きている時代の人たちに対していかに発信できるのかを考えつつ制作することが多いかもしれません。

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―― 伝統的な芸術としての様式を踏襲しつつもトレンドを取り入れていく。それも浮世絵イズムのひとつなのですね。

江戸時代は、浮世絵一枚の価格がかけそば一杯分だったそうなのですが、それを考えると現代の漫画と同じような感覚だったのかなと思います。それくらい身近で、ポップアートみたいな存在だったのかなと。

―― 実際、石川さんの作品に触れることで浮世絵を身近に感じる若い人も増えていると思います。文化を守る担い手として、石川さんにかかる期待も大きいのではないでしょうか?

ただ、僕は正直、自分が「浮世絵師である」とか「浮世絵を復興する」とかいう意識はあまりないんです。あくまで個人として浮世絵が好きで、刺激を受けたものを絵描きとして吸収し、世に出していきたいと考えています。

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―― なぜ、そうまで浮世絵に惹き付けられるのでしょうか? 具体的な魅力を教えてください。

指の形や髪の生え際の描き方とか、写実的じゃないのにリアルなところでしょうか。構図としてはダイナミックなんですが、よく見るととても細い。たとえば、西洋画って引きで鑑賞すると、すごさが分かるものも多いのですが、浮世絵は引きもすごいし、近くで見ても緻密なんです。特に「毛割」という生え際を描く技法はすごく細い。緻密さとダイナミックさが混在しているところが、浮世絵独特の魅力ですね。

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冷えピタは必須!頭からひねり出したアイデアを浮世絵に

―― 石川さんの絵師としてのこだわりを教えていただけますか?

日本画の場合、まず背景の大きい面にベースとなる色を塗って、そこに色を重ねていくのが一般的な技法なのですが、そのやり方だと絵の具を重ねる分だけ盛り上がってしまうんです。僕は、版画で擦ったときの浮世絵らしい仕上がりを、肉筆で実現させたいので、背景にマスキングテープを貼って、細いナイフで下絵に沿ってカットしていきます。下絵が傷つかないようにカットし、マスキングテープを剥がして色を塗るんです。そうすると、色を塗り重ねずに済み、版画のような仕上がりになります。

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―― それはまた緻密な作業ですね。色味は最初に決められているんですか?

最初に全て決めてしまいます。あとはそれに忠実に、頭の中にある絵をそのまま落とし込んでいます。ですから、最初にアイデアをひねり出す作業が一番大変ですね。いつも知恵熱が出ちゃうので、冷えピタは必須(笑)。ただ、たとえば紫色ひとつとっても頭の中にある色と、実際に色を混ぜて作る紫色を完全に合致させるのは難しくて…、なるべく近づけられるよう努力あるのみですね。

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―― ちなみに、浮世絵師以外にやりたかったことはありますか? 他の人生を考えることは?

ありますよ。もちろん絵を描く人生を後悔したり、間違っていると思ったりしたことはありませんが、パラレルワールドみたいにもう一つの人生を生きられるとしたら、科学者として研究をしてみたいなと思います。天体とか、量子力学とか物理学、考古学にも興味があるのでそういった分野とか、宇宙飛行士とか、そんな人生も面白いのかなと思います。

―― では最後に、浮世絵師として、はたらくヨロコビを感じるのはどんなときですか?

やはり作品が評価された時ですね。いくら自分が正解だと思っていても、作品を購入してもらえなければ自己満足で終わってしまいます。誰かに認められて、評価されて、初めてヨロコビを実感できますね。特に、僕のことを知らない人が買ってくれた時は、純粋に絵がいいと感じてくださったのかなと思える。それが一番のヨロコビです。