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取材・文:末吉陽子(やじろべえ)  写真:小野奈那子

安全靴はなんと3,000種類超え! ワーカーの足を守る「ミドリ安全」の開発にかけるプライド

1952年に安全保護具の総合メーカーとして産声を上げた「ミドリ安全」。1 足の安全靴からはじまり、ワーキングウエアのパイオニアとして、半世紀以上にわたり製造現場などで働く人の足元を守ってきました。高い品質と性能をキープ しながら新たな技術を取り入れ、“日本初”を多数生み出してきた同社。「労働災害をなくしたい」というアツい思いを胸に、安全靴の研究と開発にあたるフッ トウエア統括部の皆さんに話を伺いました。

「先芯」と呼ばれる部品が安全靴の価値&履き心地を決定づける

――そもそも、安全靴とはどのような靴のことを指しているのでしょうか?

重量物の落下などから足を守ることを目的にした「足部災害を予防するための靴」です。厳密には、「JIS(日本工業規格)」が定める規格をクリアした靴のこと。安全性と耐久性の試験を合格した、JIS合格品が「安全靴」と呼ばれます。

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▲こちらが創業時からほとんど変わらないモデルの安全靴。一見すると普通の紳士靴のよう

――安全靴の特長とは、どのようなものですか?

大きく分けると2つ、つま先部分に「先芯(さきしん)」がついている点と、本革を使っている点です。

――「先芯」、はじめて耳にしました。

これは、足指のガードのようなものです。いまは、樹脂がメインですが、安 全靴の普及初期は鉄製先芯が用いられていました。ただ、鉄製は頑丈ではあるのですが、つま先が重いとだんだん疲れてきて、午前中に何ともなかった段差で も、夕方になると引っかかって転ぶリスクが高まってしまいます。そうした課題もあって、一時期、軽量なアルミの先芯を採用していました。そこから、さらに 1998年に規格が見直され強度が保障できれば樹脂でも可能だということで、樹脂の先芯が一気に拡大。今では、ほとんどの製品が樹脂製先芯を使用しています。
あと、鉄より樹脂の先芯の方が、物が落ちてぐにゃっと曲がったあとの復元率が高いです。鉄は挟まったら挟 まったままになってしまうので、荷重がかかった時に指の切断リスクが高まったり、挟まって取れなかったりしますので、トータルで考えると樹脂の方が履く人 にメリットがあります。

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▲手に持っているのが鉄製の先芯。ずっしりと重い

――ちなみに、先芯にはどれくらいの強度が必要なのでしょうか?

耐久性については、作業の等級によって分かれています。「先芯に荷重がかかってもつぶれない重さ」としてクリアするべき基準は、重作業用「H種」の安全靴で約1.5t、普通作業用「S種」で約1t、軽作業用「L種」で約0.45tの重さに耐えられるかというものです。

――予想以上の頑丈さに驚きました! 「安全性の担保」と「疲労感からの解放」のジレンマを、樹脂の先芯で乗り越えたと。

そうですね。90年代後半から、いかに靴を軽くするか、開発が各メーカーで白熱しました。ミドリ安全としては樹脂の先芯を開発しながらも、堅牢な構造はキープ、さらに履きやすさにもこだわり開発を進めました。ちなみに、これはアルミの先芯の時からですが、先芯の幅を4ミリ広げることに成功したんです。

――4ミリですか。ほぼ誤差の範囲のような……。

これが、履き心地にかなりの差をもたらすんです。安全靴ってどうしても足指を守ることが優先されるので、硬い先芯を入れることは変えられないのですが、幅が 狭いと指と先芯が当たってマメができてしまうことも。そういった“足あたり”は、わずかに幅を広げることで改善されるんです。

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▲ミリ単位の先芯の幅も妥協しないプロ魂

――なるほど。足あたりの重要性をひしひしと感じます。もうひとつ、「本革を使っている点」ですが、これは他の素材ではダメなのでしょうか?

火を使ったり、薬品を使ったりする時に、メッシュや人工皮革では、すぐに溶けて穴が開いてしまうんです。かたや、本革は一瞬であれば炎が当たっても、足への影響が少ないので、溶鉱炉の周りや鉄板を溶接する現場で履いていただくことができます。
……ただ、使用する素材に関して、じつはJIS以外にも、もうひとつ規格があるんです。

――それは、安全靴の規格ということですか?

ちょっとややこしいんですけど、JSAA(公益社団法人日本保安用品協会)が定めた規格で、これは安全靴ではなく、「プロスニーカー」とも言われるんですが。

――プロフェッショナルが履くスニーカー、みたいな?

いや、厳密には「プロテクティブスニーカー」なので、「保護するスニー カー」ですね(笑)。このプロスニーカーは、本革を使わずに人工皮革やメッシュ素材が使われています。なので、安全靴にくらべると、かなり軽量ですし、ラ ンニングシューズ感覚で履いていただけるんです。
ただ、先芯はついているので、貨物運送・運搬業などの普通作業「A種」に分類される作業などでの安全確保を目的にしています。

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▲こちらが、通称“プロスニーカー”。仕事以外でも履けそうだが、先芯が入っているのでつま先は硬く、履くとスニーカーと同じではないことが分かる

――ほかに、安全靴ならではのこだわりはありますか?

「靴底」ですね。安全靴が誕生してすぐの頃は、鉱山や造船所などで働く人 が履いていたので、厳しい作業環境でも靴底が剥がれにくいことも求められていた機能のひとつでした。ただ、当時は接着剤の質がよくなかったので、すぐに剥 がれてしまっていましたがゴムを溶かして、成型しながらくっつけると剥がれにくくなるんです。今でこそ、接着剤が進化しているのでそこまで剥がれないです が、元祖安全靴は、いまでもゴムを溶かして接着しています。

――靴底はゴムが主流なのでしょうか?

最初は全部ゴム底でしたが、時代の流れとしては、ウレタン製に勢いがあり ますね。ウレタンは発泡材なので、軽くてクッション性が高い。ゴムは頑丈なのですがウレタンと比較すると重くて硬いです。それなので歩きやすいウレタン製 を選ばれるユーザーが多いですね。ただ、溶鉱炉のような熱職場ではウレタンは溶けてしまうので、ゴム底が使われます。

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▲左奥がウレタン、右手前がゴム底。手に持つとゴム靴の方がずっしりと重量感がある

――安全靴を求める業種は、時代とともに変遷していますか?

創業時の取引先で多かったのは、鉄鋼や造船でした。そこから時代が移り、 自動車や家電のメーカーの工場が増えました。それからお弁当の総菜工場、ファーストフードの厨房などで、滑りにくい靴が求められるように。実際、食品加工 業も材料が結構重いので、滑りにくい厨房用作業靴として、先芯が入ったプロスニーカーの販売数が伸びています。

――当たり前ですが、安全靴は産業の時代性と密に関わっているのですね。

そうですね。製造業に従事する人の数は、すごく減ってきています。代わり に、運輸業や建設業などでニーズが増しています。というのも、この2業種に関しては、1990年代までは安全靴を履いていなかったんです。ただ、労働災害 を減らすために安全靴を履くようになりました。以前まで、建設業では職人さんが地下足袋を履いていたのですが、大手ゼネコンをはじめ足元の安全が見直さ れ、安全靴を履いてないと現場に入れない状況になり、多方面で安全靴が採用されるようになりました。

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▲ミドリ安全入社26年、安全靴に情熱を捧げる田崎智也さん。安全靴のことなら、どんな質問にも答えてくれる

「小指を守れる安全靴」の開発に30年。諦めない気持ちが未来を拓く

――ところで、ミドリ安全さんは、何種類くらいの安全靴とプロスニーカーを販売されているのでしょうか?

カタログに載っていないものを含めると、およそ3,000種類ですね。

――なんと! そんなに。

同一の取引先企業でも職域ごとに必要ということで、20種類ほど購入いただいているケースもあります。また、ニーズに 合わせて製造しているので、わずかしか作ってない安全靴もあるためそれだけの種類になってしまうんです。基本的にはお客様の要望から生まれているものがほ とんどですね。

――取引先から「こんな安全靴がほしい」と要望が届くということでしょうか?

そうですね。我々はBtoBをメインとしている企業なので、営業担当が直 接工場に伺って、現場の声をヒアリングさせていただいています。こちらからも提案しますが、お客様から、こんな安全靴がほしいというご要望が開発部門へす ぐにあがってきます。その職場に合ったものを開発していくことで、どんどん種類が増えていきました。

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▲気がつけば3,000種類。その数からも働く人の声に真摯に耳を傾けてきたことがわかる

――最近、取引先からの要望をもとに、こんなものを開発したというエピソードはありますか?

たとえば、小指がおさまる先芯の開発ですね。じつは、先芯は親指が全部入 るんですけど、小指はほとんど入っていません。というのも、小指まで入る先芯にしてしまうと、つま先を曲げた時に甲の部分が当たってしまうんです。ただ、 台車が小指に乗ってしまうので何とか小指を守りたいという声も。とはいえ、どうしても人間の足の構造上、小指を守る先芯は難しかったんです。実際に試作品 をつくってみても、履くと痛くて、歩けなくて。なぜなのか理解するために、医師にレントゲンを撮ってもらって、骨がどこに当たるのか分析したこともありま した。そこから、成型技術も向上して、足かけ30年、ようやく小指が保護できる先芯が完成しました。

――30年とは、またすごい年月ですね。

普通はできないとか、無理だなっていうことも、お客様からの要望に一生懸命応える心構えと、諦めない気持ちさえあれば、できないことはないですね。将来的には、ミドリ安全発祥でほとんどの安全靴で、小指を保護するのが当たり前の世界がくるといいなとは思います。

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▲左奥が世界初、小指を保護する先芯。右手前が約30年前の試作品。不快感がない形状にするために、長年研究を重ねたという

時代の動きをしっかり捉える! 女性や高齢者のニーズにも応えられるフットウエアを

――ちょっと気になっているんですけど、こちらのゴツい靴も安全靴ですか?

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▲スノボブーツみたいで気になった

はい、安全靴です。これは、まさにスノーボードブーツなどにも使用されている 米国メーカー「BOA」が手がけたダイヤル式のシューズ着脱部品を使っています。靴紐をしょっちゅう結びなおすのは手間ですよね。とくに、手袋をはめてい ると、二重に面倒。そうした面倒くささを解消できるシューズがつくりたかったんです。作業している時はしっかり締めて、休みたい時はちょっと緩めればルー ズになります。ちなみに、ダイヤル式のJIS革製安全靴は日本初なんですよ。

――靴紐代わりのワイヤーも、かなり細いですよね。

これは、ステンレスワイヤーをウレタンでコーティングしているものです。 49本の細いワイヤーを束ねているんですが、ナイロンの靴紐よりも引っ張り強度が10倍以上あります。ファスナータイプの安全靴だと、ファスナーが壊れた り取れたりすると修理ができないのですが、ダイヤル式は部品を交換できるので長い目で見るとコスパはいいと思います。

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▲足のかたちは変わらないが、安全靴の進化は日進月歩なのだ

――部品や素材の進化にともなって、安全靴もアップデートしているんですね。最近、注力して開発に取り組んでいることはありますか?

やはり労働災害を減らすための開発ですね。いま一番多いのは、転倒事故なのですが、時代背景もあると思います。

――時代背景ですか?

はい、日本では働いている方が高齢化しているのも、転倒事故増加につながっていることが予想できます。転倒の要因のひとつは「つまずき」。じつは、滑って転ぶケースよりも多いんです。

――なるほど。

じゃあ、なんでつまずくのか紐解くと、「つま先が下向きになり、引っか かって転んでしまう」ということ。若い頃とくらべると、つま先が上がりにくくなるんです。転倒事故を減らすための設計に注力しようと、つま先に反りを入れ ました。反りをつくることで、引っ掛かりの防止につながるんです。
実際に、人間工学の研究所に依頼して、50代・60代・70代の方の身体にセンサーを取り付けて、履きくらべてもらっ たところ、反りがあるタイプは、足の動きが転倒しにくい軌道を描いていることが分かりました。科学的にも証明されましたが、発売直後に200人ほどにアン ケートをとったところ、76%くらいが体感的につまずきにくくなったと答えてくれました。今後、開発する安全靴は「つまずきにくい」をキーワードにしていきたいと思っています。

――あと、女性向けのシリーズも開発されているそうですね。

はい、最近は建設現場などで活躍される女性も増えていますので、どういう 靴がいいか要望を聞いたんです。その中で上がってきたのが、「男性と同じようなデザインで履けること」「普通のスニーカーのように見せたい」という声。社 内の男性からは、「ピンクがいいんじゃないか」という声もあったんですが、実際は男性と変わらない色味で使いたいという方が多かったんです。
普通のスニーカーのように履けて、そのままで買い物に行きたいという女性の声を受けて、私服とあわせて、そのまま夕飯 の買い物に行けるようなデザインを目指して開発しました。あとは、機能面でいうと、足の蒸れやむくみを気にされる方が多いので、伸縮性と通気性の良さには こだわりニット素材のプロスニーカーも開発しました。

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▲女性向けとはいえ、ブルーやベージュなどユニセックスな色味。ただ、他とくらべると、かなり明るい色味ではある
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▲ワーク女子シリーズとして、ウエアも含めてトータルコーディネートを提案

――安全靴を履いて働く人が時代とともに変わっていること、それにあわせて柔軟に、地道に開発されている姿勢に胸を打たれました。

我々の社是は、「安全・健康・快適職場への奉仕」です。これらは、いろい ろな企業でもモットーに掲げられている言葉かもしれませんが、社員一人ひとりがこの社是を愚直に守っています。本当に地味で、黒子の商品を手掛けているの ですが、安全靴を履く人の健康、快適を守るということは、その人の家族も守っているということ。そのことに、プライドを持って仕事に向き合っています。安 全靴を通して、たくさんの人の足元を守りたい。それが、私たちの使命であり、夢です。