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取材・文:末吉陽子(やじろべえ)  写真:小野奈那子

日本初の台車メーカーに取材!運搬の世界を変えてきた「台車」のスゴさを知る

暮らしや仕事の現場を陰ながら支えている工業製品。普段、よく目にしているものでも、どんな会社がどうやって作っているのか、あまり知られていないものです。そんな、人間の英知とこだわりを結集させた工業製品のスゴさを発掘するこの企画。

今回足を運んだのは「台車」の老舗メーカー・花岡車輛株式会社。そう、モ ノを運搬する際に用いられる、あの台車です。“くさるほどしっかり”をモットーに、世界が認める台車を作り続けてきた同社。創業者のひ孫にあたり、現在販 売企画室室長を務める花岡 雅さんに、台車にかけるこだわりを聞きました。

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日本初の老舗台車メーカー。創業者は「金魚の輸出」にもトライする実業家

――そもそもで恐縮ですが、「台車」の定義とは何か教えていただいてもいいでしょうか?

花岡さん(以下同) 一番簡単に説明するとしたら「車輪がついた運搬できるものの総称」です。台車の歴史は古く、鉄を自分たちで切り貼りした手押し車がはじまりとも言われています。

――花岡車輛は、日本ではじめて規格量産型の台車を開発されたそうですね。

はい。創業者である私の曾祖父が、1965年に開発しました。うちは、もともと産業機器を製造していたわけではなく、商社として創業したんです。ちなみに、金魚の輸出に挑戦したこともあったとか。赤道直下の運搬で全部死んでしまったという逸話も残っていますね。

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――金魚の輸出とは目の付けどころが先進的ですね。なぜ商社から台車を製造するメーカーに?

戦後にこれからは「工業」だということで、1950年からブリヂストンタ イヤの自動車タイヤと、農機用タイヤの代理店業もスタートしました。さらに、農業用トレーラーの開発へと事業を拡大。そこから運搬にまつわる機材に力を入 れはじめたという経緯から、台車の開発に至ったようです。ちなみに、台車ブランド名は「ダンディ」です。名前は、初代から今日までの53年間変わっていま せん。

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――「ダンディ」とはユニークなネーミングですね。

ただ、由来が分からないんですよね。おそらく質実剛健な美学が反映されて いるという意味を込めて名付けたのかなと思います。ちなみにダンディの誕生前、それぞれの農家さんや商店さんは、台車を手作りしていたそうです。その頃、 “台車”という名称自体が存在していなかったようで、ダンディの発売以降は、台車のことをダンディと呼んでいた時代があったと聞いています。

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フレームから車輪まで、細部にわたって技術力を注ぎ込む

――台車の新時代を切り拓いてきたんですね。ロングセラーたる製品の特長とは?

一番の特長は、ずばり「強度」です。たとえば、元祖ダンディの流れをくむ スチール製のフレーム(荷物を置く部分)だと、高品質のメッキ仕上げで、錆びにくく耐久性にこだわっています。耐荷重にも厳しい品質基準を設けており、特 大サイズだと500kgまで載せることができます。他社製品とくらべても長持ちすると好評で、1975年以降は日本中の工場や倉庫で採用していただき、広 く普及していきました。なかには、20年以上使っていただいているお客様もいらっしゃいます。

――丈夫なのは素晴らしいですが、商売としては微妙そうな気も。

それは……、そうなんですよね(笑)。いまはホームセンターでも3000 円ほどで台車が手に入りますが、ダンディは1万円台〜が主流です。割高ではありますが、正直「ここまでやるか」と驚くほど細部にこだわって製造しているの で、長持ちすることを考えるとお値段以上の品質かな…とは思いますね。

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――具体的に、どんなところにこだわっているのでしょうか?

まずは、フレームです。昔は、加圧分散のために「縦絞り」といって、プレ スで縦に溝を作る加工を施していました。さらに、フレームの縦絞りに対して、強度を上げるために裏側には横方向に梁を溶接していたんです。ただ、これだと モナカの構造に似ていて、4箇所にタイヤがついていることを考えると、荷重が中心部分に集中した場合、割れやすい可能性が高まります。そこで、研究を重ね て絞りを「横絞り」にして、梁を縦方向にすることで、さらに頑丈な車体構造にブラッシュアップしました。

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また、2005年にはさらなる進化を目指して、誰しもが使いやすい「ユニバー サルデザイン」の観点から形状の改良に取り組みました。たとえば、ハンドル部分です。このカーブの角度にもこだわりがあって、中心をくぼませることで、片 手でも直進性が出るんです。これが真っすぐだと左にいったり、右にいったりと安定性に欠けてしまいます。また、角がフレームのサイドからやや飛び出してい るのですが、これにより旋回に際して力を加えやすく、フレームに重量物を載せていても、より楽に動かせるようになりました。

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――ハンドルの形ひとつで、台車の操作性にも違いが出るんですね。

かなり変わりました。ハンドルをユニバーサルデザインにしたことで、腕の 疲労感軽減にもつながり、より快適に動かすことができるようになったと思います。あと、細かいところですが、ハンドルには「ユニクロメッキ」という加工を 施しています。これにより、錆びにくくさも向上しています。
また、台車はいろいろなところに衝突するため壊れやすい製品です。しかし、より長く、より良い品質で使用していただき たいという理念から、キャスター部分も工夫しています。たとえば、キャスターとキャスターベースの間に、摩擦を軽減させるための部品としてベアリングをか ませる台車がほとんどです。ただ、それだと強度が弱いベアリングを使うと、キャスターが取れやすくなってしまいます。ちなみに、キャスターが取れるのは、 ベアリングの強度が低い場合がほとんどです。
そこで、「ダンディ」の標準モデルには、ベアリングの代わりに玉ザラと呼ぶ部品を使用。プレスでしっかりかみ合わせた キャスターとキャスターベースの型の間に、パチンコ玉のようなボールと潤滑油を入れている状態のため、キャスターが階段などの段差に強く当たったときも、 強度が高いので外れにくいんです。これも過去、検証を繰り返してたどり着いた結論です。

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羽田空港はすべて花岡製!手荷物カートは安定感と連結のしやすさが抜群

――こんなに細かいところまで考え尽くされているとは思いませんでした。ちなみに、ダンディの市場シェアはどれくらいですか?

実際のところ、シェアは実態調査がないためわかりませんが、どちらかとい うと、工場や倉庫などで仕事道具としてガンガン使われる方に、リピートしていただいている製品かもしれないです。ダンディとは別ですが、工場などで活用い ただける足踏み式リフト台車は、アメリカやヨーロッパ、アジアまで幅広く輸出しております。
あとは、普段仕事で台車を使わない方にも馴染みがある製品、「手荷物用カート」のシェアも高いです。こちらは、空港用物流機器のカテゴリにはなりますが、羽田空港や関西空港で利用されているものは、すべて私たちの製品なんです。

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――スーツケースとかを載せて運ぶアレですね。

はい。手荷物用カートは、どの置き場でもどんどん連結させていくため、同一社製のものである必要があります。ちなみに、連結にあたっても細かいこだわりがあるんです。たとえば、外国製だと、ほとんどの場合は車輪が三輪ですが、私たちのカートは四輪にしています。

――技術的に四輪にするのは難しいのでしょうか?

そういうわけではないんですよね。利用者の使い勝手をどこまで追及してい るかの差かな…と思います。三輪だと正直デメリットしかないかなと。荷物を置いたときに、重ね方のバランスが崩れると傾きやすく、安定感に欠けるんです。 製造にひと手間かかることにはなりますが、私たちは開発以来四輪のカートにこだわっています。

――あと、気づいたんですけど、カートを連結させたときに、重なる部分をギリギリの隙間で抑えていますね。これもすごい技術な気が。

この設計もミリ単位でこだわっています。置き場で連結させるだけであれば、ここまでギリギリの隙間にする必要はないのかもしれません。

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ただ、カートの利用者は、旅行者だけではなく、カートを移動させる空港職員さ んも含まれます。できれば、一度にたくさんのカートを運べるような造りにした方が使い勝手がいいんです。隙間を最小にとどめて、台車同士が密着すること で、より多くの台数を運べます。慣れると15台から20台くらいまで連結させて運ぶことができるんです。

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「くさるほどしっかり」な商品開発で新たな台車を作り続ける

――ここまで、モノづくりにこだわっているのは、どんな想いからでしょうか?

純粋に、日本製の品質向上に寄与したいという思いが強いんです。私たち は、電気制御ではなく、機械のメカ技術でどこまで人間のアシスト機能を充実させられるかについて、創業以来研究を重ねてきました。その歴史を通して、変わ らずにお客様はメンテナンスが楽で長持ちする台車を求めていらっしゃいます。そのご期待に応えたいという思いが強いんです。長く使っていただけたら愛着も 湧くはずですし、それが私たちにとってのモノづくりにかけるプライドにつながっています。

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――これからは、どんなモノづくりにチャレンジしたいですか?

台車にAIやIoTのテクノロジーが搭載できるようになればいいなと思い ます。たとえば、手荷物カートは空港が開業して以来、人が置き場を見て回り、台数を調整するという管理方法から変化していません。なので、空港用のカート に位置情報システムをつけたり、置き場の増減を予測したりすれば、管理にかけるパワーを抑えることができると思います。

――それが実現すれば、台車新時代の幕開けですね。

でも、製品化までの道のりは、なかなか厳しいかもしれないです。台車の荷 重試験も既定の倍以上は実施しますし、発売までにかなりの時間を掛けているんです。それというのも、社内では社長を筆頭に「くさるほどしっかり」という言 葉が飛び交っていて、とにかく私たちは細かいところまで「しっかりやる」。しっかりやり過ぎて、開発から3年経っても陽の目を見ない製品もあるくらいです から。こんな製品があったらいいなと思うことは多々ありますが、焦らずにこれまで通りモノづくりに対する真摯な姿勢を忘れずに歩んでいきたいです。