トヨタの生産方式に関して

「手動塗布の廃止」 第33回

青木幹晴

【改善前】
  • 作業者が手動により自己の感覚で塗布していたため、次のような問題点が発生していた
  • 技術的な要求基準をまったく満たせないため、品質不良の原因になっていた
  • 作業者が品質不良を心配して、多めに塗布していたため使用量が増えていた
※薄かったり濃かったり(品質確保不可能・塗り過ぎで原価アップ)

【改善後】
  • 自動塗布機を導入したため、次のような効果が出た
  • 技術的な要求基準で塗布できるようになったため不良発生がなくなった
  • 不必要に多く塗布することがなくなったため、使用量が低減できた
※適正量を塗布(適正品質・塗り過ぎ防止)
青木幹晴(あおき みきはる)プロフィール
1955(昭和30)年、愛知県豊橋市生まれ。
1978(昭和53)年、早稲田大学商学部を卒業。
トヨタ自動車工業へ入社以来、人事部(海外人事関係)、経理部(債権債務管理)、財務部(輸出入経理)などの本社機能 を経て、現場の本社工場・原価グループ(鍛造工場能率・製造予算管理、たな卸し本社工場事務局)、本社工場・生産管理室(車体・塗装・組立工場生産管 理)、米州事業部(海外生産車の原価企画)、田原工場・原価グループ(成形工場能率・製造予算管理)、田原工場・生産管理室(エンジン・鋳造工場生産管 理)、などを経験。
一貫して、トヨタ生産方式の「石垣」ともいえる「生産管理・原価管理・要員調整」の実務を担当し、さらに「天守閣」としての「トヨタ生産方式現場改善」までを実践。トヨタ生産方式部課長自主研メンバー。「かんばんのフローラックラベルへの活用」等で、多数の表彰を受ける。
2004年、基幹職(課長級以上)のチャレンジキャリア制度(転出促進制度)に応じ、40代でトヨタ自動車を退職。
退職後、オーエスジー株式会社へ入社し、トヨタ生産方式の導入に活躍。
2007年、オーエスジーを退職し、豊田生産コンサルティング株式会社を設立。