INTERVIEW 私×働く喜び

私の中で「働くこと」と
「生きること」は、
結びついている。

1年更新の非正規雇用が、 社会人としての遅いスタート。

ー三浦さんは、国際政治学者として幅広い分野でご活躍中ですが、いつ頃から学者の道を志したのでしょうか?

今は国際政治学を専門としていますが、もともとは理系で大学に入学しました。文系にも通じるものがある研究室に所属し、勉強をすすめていたのですが、そこで環境問題に興味が出てきて、大学院では文系に転身しようと決めました。院試の準備をするために1年留年して、他学部の授業も聞いていたのですが、そこで出会ったのが、後に朝日新聞の主筆となる船橋洋一先生です。学生だけでなく、経営者や地方自治体の首長もゲスト講師として話しに来られる授業で、とても刺激を受けました。

ちょうど留年した2003年にイラク戦争が始まり、戦況が悪化していくさなかだったこともあり、戦争や国際政治に強い興味を持ちました。そんな状況の中、政治を基礎から学べる大学院がちょうど設立され、一期生として入学して戦争の研究をしたのが、国際政治学への入り口でしたね。振り返ると、周囲の状況に依存して進路を決めてきました(笑)。

ー社会人としてのスタートは?

大学院の修士課程2年、博士課程4年半を経て、2010年に博士論文審査を通過し、博士号を取った後に社会人としての生活がスタートしました。かなり遅いですね。
2011年1月から、東大の特任研究員としての職を得ることができました。しかし、1年更新の非正規採用で、しかも妊娠して切迫早産になってしまった。リモート勤務などで乗り切りながら、この1年更新を3年ほど続けました。育休はもちろん取れません。研究者の卵は、このような不安定な雇用が当たり前の世界で、この頃は精神的にかなり辛かったです。
フリーランスを経て、2016年に、ようやく3年契約の職に就き、皆さんがイメージする「常勤雇用」になることができました。

精神的に苦しい中、 ターゲットに直接アプローチできるブログが転機に。

精神的に苦しい中、 ターゲットに直接アプローチ できるブログが転機に。

ー精神的に辛かったのは、なぜですか?

博士号を取ると、もう30歳を超えています。そうなると、普通の就職市場には乗りません。どこかの大学の教職を得ることができるかどうか、そのひとつに賭けた人生になってしまう。
私は、真面目にやっていれば、そのうちポストが来るだろうと思っていましたが、それは違いました。「東大の研究員」というと体面は良いですが、1年契約を更新し続け、3年も経つと限界が見えてくるんです。それが辛かったですね。

また、東大の研究員の時は、海外の大学ならば秘書や事務スキルの高い専門職の人がやる仕事が中心でした。海外には研究者を支える有能な人がいるのに、日本では研究者の卵がそこまですべてカバーしなくてはならない。私はその手の仕事は特に苦にならないタイプではあったのですが、自分の仕事に対する正当な報酬がもらえているとは思えなかったし、本来やりたい仕事とも違います。専門的な本は出版でき、それなりに評価されたけれども、それが安定した仕事にはつながらない。ジレンマを感じていました。

ー苦しい状況の中、ターニングポイントとなったのは?

2014年にブログを始めました。限界を感じていた中で、とにかく現状を打破するためにはどうしたら良いか?と考えた時、自分が得意とするのは書くことだと改めて認識し、始めたわけです。ここで初めて、一般的な読者、つまり自分が届きたいマーケットに直接アプローチできるようになりました。
最初は知り合いの200人ほどの読者から始まったのですが、しだいにもっと幅広い数万人の読者へと広がっていきました。それが結果的にプロである出版社の目にも止まり、一般向けの政治に関する新書を出版することになりました。

Lully Miura × Hataraku Yorokobi =

「物書き」という仕事を選んだことに、 後悔したことは一度もない。

「物書き」という仕事を選んだことに、後悔したことは一度もない。

ー三浦さんの活躍フィールドは多岐にわたりますが、三浦さんの今のお仕事は?と聞かれたら、どう答えますか?

ちょっと抽象的な言い方になるかもしれませんが、「物書き」ですね。原稿を書いて広く読んでもらい、その対価を得ることが、私の仕事の中心です。この選択には、一度も後悔したことがありません。本を継続的に出版できていますし、出版社の方とも良い関係を続けているので、この仕事が向いている、ということだと思います。
大ベストセラーが出せる内容ではありませんが、一定の読書層にコンスタントに売れることは大切です。その方が作家として長続きするので、恵まれていると思っています。

ー三浦さんは軽井沢にも自宅を持っていて、東京との2拠点生活とのことですが、地方で暮らすことや働くことのメリットとは?

私は神奈川育ちで、ちょっとした野菜づくりを楽しめるような、庭のある一軒家に小学校1年生まで住んでいました。それが原風景としてあるので、東京のマンション暮らしよりも、軽井沢の一軒家のほうがホッとしますね。
また、地方はワーク・ライフ・バランスの「ライフ」の部分が充実します。実は東京のほうが、生活支援サービスはいろいろとあるし、家事代行サービスも頼めるし、余暇は作りやすいんですよね。でも、その余暇は仕事に使ってしまう。というのも、たまたま土日に時間があいても、東京はお茶するか買い物するかぐらいしか選択肢がないんです。
地方だと、サービスがないので自分でやらざるを得ず、手間ひまがかかって忙しい。ですが、それが生活が充実している、ということではないでしょうか。そして、たまに余暇ができると、やることがたくさんある。
また、東京で過ごすと時間はあっという間に過ぎ去ってしまうけど、地方ではゆっくり。時間の流れ方が違いますよね。時間が長く感じられるのも、地方のメリットだと思います。私の周囲でも、一度地方で暮らしてしまうと、もう二度と東京には戻れない、と言っている人はたくさんいます。

私の中で 「働くこと」と「生きること」は、 結びついている。

私の中で 「働くこと」と
「生きること」は、
結びついている。

私、働かないとすぐ風邪を引いてしまうんです(笑)。2週間くらい休みを取っても、最後は退屈してきて働きたくなってしまう。人と会ったり、書き手としてどこかの方向に向かっている手応えがないと、辛くなるタイプのようです。
また、人は社会との関わりによって、生きる意味を定義すると思います。仕事をすることは、社会との関わりを生むこと。社会の中で私の役割があり、さらに仲間がいることで、私は働く喜びを感じます。私にとって働く喜びは、生きているという感情を与えてくれるもの。「働くこと」と「生きること」、このふたつは私の中では結びついてます。

ー最後に、転職を考えている人に向けて、メッセージをお願いします。

私も夫も転職を繰り返してきているので、転職にマイナスなイメージはないんですよね。転職を考えるのは、今の職場で働くことが、自分の幸せにつながらなかった時だと思います。その不満は、お金なのか、余暇なのか、一緒に働く仲間なのか、自分で決められる裁量なのか、何かが自分の基準に合わなかったから、転職を考えるわけです。

つまり、この経験によって、自分が何を大切にしているのか明確になります。基準が自分と合わなければ、修正していけば良い。日本企業は企業内カルチャーを大切にする傾向がありますから、合わなければ職場を変えることが合理的です。
そう考えると、転職は賭けではありません。何度でも修正できるチャンスがあるのだ、と考えたほうが良いと思います。

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三浦 瑠麗みうら るり

国際政治学者 株式会社山猫総合研究所代表

来歴

1980年10月神奈川県茅ケ崎市生まれ。 内政が外交に及ぼす影響の研究など、国際政治理論と比較政治が専門。東京大学大学院法学政治学研究科総合法政専攻博士課程修了、博士(法学)。 東京大学大学院公共政策大学院専門修士課程修了、東京大学農学部卒業。日本学術振興会特別研究員、東京大学政策ビジョン研究センター講師などを経て2019年より現職。

著書

『シビリアンの戦争 ―デモクラシーが攻撃的になるとき―』(2012年10月、岩波書店)、『「トランプ時代」の新世界秩序』(2017年1月、潮新書)、『あなたに伝えたい政治の話』(2018年10月、文春新書)、『私の考え』(2020年4月、新潮社)ほか

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