INTERVIEW 私×働く喜び

自分に向き合い、
自分を肯定すれば、
何かが変わる。

高校卒業後、 覚悟を持って鹿児島から上京。

ー大原さんが「仕事」を始めたのはいつですか?

9歳のときに、NHK教育テレビ「天才てれびくんMAX」の企画でオーディションがあり、そこに応募したことが芸能活動を始めるキッカケです。当時は事務所にも入っていませんでしたし、単にテレビ番組のファンだったので、レギュラーの人たちに「会ってみたい」というミーハー心で応募しました(笑)。
3歳のときからダンスをやってきたので、合格したときはダンスコンテストに受かったような感じでした。もちろん、うれしかったですよ。最初は1曲限りの限定企画との話だったのですが、ありがたいことにグループとして事務所にも所属することができました。CDはコンスタントに発売することができましたし、ヒット曲にも恵まれて、想像もしなかった流れで芸能活動をさせていただくことができました。

ー子役から芸能活動をスタートした大原さんが、社会人として仕事に集中するようになったのは?

高校生まで地元の鹿児島から通っていましたが、芸能の仕事に集中しようと思い、高校を卒業するタイミングで上京しました。卒業したら一人暮らしをして自活することは、高校にいるときから決めていました。自分としては覚悟を持って、社会人の第一歩を踏み出した感じです。

グラビアに挑戦することは、 自分で決断。

ー大原さんはグラビアで大ブレイクしましたが、グラビアを始めたキッカケは?

高3のときにグループ活動が終了して、このままでは“終わってしまう”という危機感を持ちました。そこで、自分からスタッフの方にグラビアをやってみたいと相談したことがキッカケです。
ティーン誌のモデルをやっていたので、写真を撮ってもらうことは好きでしたが、私は自分の体型にコンプレックスがあり、それまではできるだけ体型が目立たないようにしていました。ですが、メイクさんやスタイリストさんなど私の体型を知っている方から「いつか優乃ちゃんの体型が武器にできると良いね」と言われていたんです。芸能活動が“終わってしまう”前に、できることはやってみようと思い、グラビアにチャレンジすることを自分で決めました。

モデルをやっていたときは、主役は洋服やアクセサリーなので、商品をキレイに見せることを大切にしていましたが、グラビアは自分が商品です。自分自身をキレイに見せることは初めての経験だったのでとまどうことも多く、モデルとはぜんぜん違うなと思いました。

ー高3まではグループで活動し、その後個人で活動するようになりましたが、仕事に対する意識は変化しましたか?

グループはやはり団体行動です。グループとしてのコンセプトがあり、その中で私の立ち位置もある程度決まっています。決められた枠の中で自分をどう表現できるかということを考えていました。
個人で活動するようになると、人との距離が近くなります。今までは1人に対してグループの5人または4人で接していたのが、1対1になるので、私が発する言葉の重みが変わってきます。自分に何ができるか、何をしたいのか、じっくり考えて発言するように心がけるようになりました。

次の仕事では、 前回よりも必ず成長した自分でありたい。

ー人との距離が近くなると、周りの目が気になることもあるのでは?

そうですね、やっぱりエゴサーチはしてしまいます(笑)。SNSでもらったコメントも全部読んでいます。傷ついたりヘコんだりすることもありますが、それもありがたい声だと思えるようになりました。
グラビアを始めたころは、求められることと自分のギャップに悩んだこともありましたが、皆さんが求めていることに応えることを目標にして、頑張ってきました。今は自分を客観視できるようになり、ここ3年ほどはカレンダーを自分でプロデュースしてつくるようになりました。写真構成、セレクト、レタッチまで、スタッフの方と一緒につくっています。口だけ出すのは失礼だと思っているので、スタッフの方と対等に話ができるように、勉強して知識をつけています。

Yuni Ohara × Hataraku Yorokobi =

ーヘコんだときやツライときは、どのように乗り越えてきましたか?

私は1人でとことん向き合うタイプです。気持ちの整理がつくまで1人で考えますね。心の拠り所が欲しいときは、実家に電話して、相談はしませんが親の声を聞いて安心しています。
自分に対して負けず嫌いなので、うまくいかなかったときは「前回よりも必ず成長した自分になろう」と考えます。次のスケジュールが入っている以上は、その仕事がモチベーションになっています。

役に自分を寄せていける 女優を目指す。

ー大原さんにとって、ターニングポイントになった仕事とは?

初めての連続ドラマだった「3年A組ー今から皆さんは、人質ですー」(2019年)です。このお仕事がキッカケで、お芝居を中心に仕事をしていく気持ちが固まりました。今後はお芝居に力を入れていきたいと思っています。

ー目指す「理想の女優像」はありますか?

役を自分に寄せて作っていく役作りではなく、役に自分を寄せて作っていける女優さんになりたいです。今も役に自分を寄せるために髪型などを提案することもあります。未来のなりたい自分に向けて少しずつ歩んでいきたいです。

ーもし芸能活動をしていなかったら、どんな仕事をしていたと思いますか?他にやってみたい仕事はありますか?

子役から芸能活動をして、アルバイト経験がまったくないので想像しかできませんが…。この世界に入るまでは、通っていた地元のダンススクールの先生になることが夢でした。芸能活動を始めてからは、鹿児島と東京の行き来でCAの方にすごく助けていただいたので、カッコいいなと思って憧れていました。あとは、子どもが好きなので幼稚園の先生も良いですね。本当にイメージだけなんですけど(笑)。
今、お芝居の他にやってみたいと思うのは、下着ブランドに携わってみたいです。女性は一人ひとり体型が違いますし、自分の経験からも、理想の下着に出会えていない女性はたくさんいると思います。私と同じ悩みを抱えている人の理想の下着をつくりたいです。

自分に向き合い、 自分を肯定すれば、 何かが変わる。

次一緒に仕事をした人と、また別の現場で再会できる瞬間はすごくうれしいです。また会いたいと思って頑張っています。
頑張って仕事をした後で、おいしいものを食べたり、友達と過ごしたりする休日も、「頑張っていて良かった!」とヨロコビを感じられます(笑)。最近はかき氷がマイブームで、かき氷巡りを楽しんでいます。
そして何よりも、心からやりたいと思える仕事があることは恵まれていると感じています。もちろんこの仕事は不安定で、眠れないほど不安な日もあります。しかし、「やりたい」という思いが強いので、揺らぎはあっても覚悟は決まっています。そんなお仕事をしていること自体が、ヨロコビですね。

ーでは最後に、転職を考えている20〜30代の人に向けて、メッセージをお願いします。

私は人前に出る仕事をしていますが、コンプレックスがたくさんあります。そういう意味ではこの仕事に向いていないのかもしれませんが、自分のことは自分が大切にしようと思い、自分に向き合って自分を肯定し始めたら、少しずつ変わっていきました。だから、転職しようとしている方も、そんな自分のことを肯定してあげて良いと思います。
そして、私はこの1〜2年「人生1度きり」と強く感じ、時間を大切にした生き方をしたいと思うようになりました。自分に向き合い、時間を大切にしようと思えば、自然と道は見えてくると思います。チャレンジしたいことがあることは恵まれていることなので、ぜひ一歩を踏み出してください。

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大原 優乃おおはら ゆうの

俳優・グラビアアイドル

来歴 2009年11⽉Dream5としてCDデビュー。
2014年に妖怪ウォッチのエンディングテーマ「ようかい体操第⼀」を担当し社会現象に。
同年、レコード⼤賞・紅⽩歌合戦に出演。
Dream5活動終了後、ラブベリー専属モデルとして活動。
その後、2017年に週刊プレイボーイでグラビアデビューし瞬く間にブレイク。
年間30誌以上の表紙オファーが殺到するなど、もっとも雑誌の表紙を飾るタレントのひとりとして、2019年には「カバーガール大賞」を受賞。
女優としても活躍の幅も広げ、8/12(金)からParavi独占配信「-50kgのシンデレラ」にてW主演を務める。
生年月日 1999年10月8日生まれ
出身地 鹿児島県
身長 154cm

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